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2011年3月22日 (火)

銀平@銀座

上海で美味しかった「銀平」が忘れられなくて
銀座店を訪問しました。
部屋が暗く、写真はいささかシズル感に欠けますが
たいへん美味なお食事でした。


つきだしにして、この素晴らしさ!

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新鮮かつ脂ののったお刺身各種!

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そして、思い出の「ホタルイカの一夜干しの炙り」!

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上海同様、素晴らしい一夜となりました。

@銀座

2011年3月11日 (金)

美しさよ再び@香港マカオそして千葉

3月になりましたが、まだまだ東京は寒い日々が続いています。
若干は暖かいかな、と予想される香港に4日間訪問、
ほぼ一年ぶりの再訪です。

東京スカイツリーもいよいよ世界一の高さになったようで
以前に比べるとずいぶんと背が伸びました。

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早朝なので軽く朝ご飯を食べようかと、
東京駅の弁当屋に行ったところ
なんとチキン弁当の小型版「miniチキン弁当」
があるではないですか。

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分量が半分程度で朝ご飯に適度な分量です。

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千葉の田園風景に見事な朝日が!
まだまだ冬の朝の景色です。

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そして、時間通り飛行機(CX 509)は飛び立ち
写真はロールスロイスエンジンと関空です。
よい天気ですね。

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キャセイのエコノミー機内食はこんな感じです。
お味はごくごく普通で美味しくはありません。

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ホテルは今回もプルデンシャルホテル(恆豐酒店)
MTR佐敦駅の真上の便利な立地です。

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窓からの展望もすっかり街のど真ん中の景色です。

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香港は新旧のビルが乱立していて
なんとも愉快な構図が多々見られます。

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夕食は銅鑼灣(コーズウェイ・ベイ)のレストラン。
四川料理の有名店「南北楼」です。

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酸辣湯は、海鮮がたくさん入っており
酸味より山椒のピリリが効いた濃厚な辛めの味。
この辛さは初体験の酸辣味です。

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そして、名物の「海老チリ」
焼いた鉄板に海老チリを移すと、
辛い湯気が一気に吹き上がります。
この湯気が周囲のテーブルに充満し
その辛い香が隣の席でも、むせるほど!
香り立つ焼けるチリソースの香りだけで
ご飯が食べられそうです。

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そして、四川と言えば担々麺。
劇辛味で茶碗程度の量が丁度よしです、
が、この辛さに耐えられば何杯でも食べたい
濃厚な旨みが楽しめます。

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夜中に近くの屋台へ。
ホテルのはす向かいはディープな屋台通りになっており
食材やメニューを眺めていても楽しいこと!

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このソース焼きそば
麺が細くてちょっと固めで
ビールのおつまみに最適でした!

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海鮮はちょっと遠慮をしておきましたが
これをぶち込んだ鍋は旨そうです。

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翌日は、香港二回目にして初めて観る
著名な香港島を臨む風景を堪能。

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今宵はホテル裏の「牛皇海鮮火鍋小菜館」にて
火鍋をいただきました。
さすがに赤いスープは、辛すぎましたが
現地の方々はこれが一般的とのこと。
具材は新鮮で美味しいものが揃えられており
お肉もたんまりでてきます。

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翌日はマカオへ。
こちらはヴェネチアンホテルのエントランス。

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ゴージャスでフェイクな様は
なんだかうつむいてしまう気恥ずかしさがあります。

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わざわざゴンドラを浮かべる運河まで完備。
お高い料金を払ってけっこうカップルが利用していました。

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ランチはマカオのホテル「澳門葡京酒店(リスボアホテル本館)」
にある「桃花源」でいただきました。
ミシュラン二つ星だそうです。

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ブリブリのエビの餡かけ。
ほんのり塩味の餡がかかったエビは
ぷりぷりを超してブリブリです。
塩辛のようなソースをつけてもヨシ、
そのままのあっさり味もヨシの素晴らしい一品でした。

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こちらはカニ爪と茶碗蒸し。
カニの下はスープではなく卵を蒸した
上品なスープが敷いてあります。
味は限りなく薄く、中華とは思えない薄味。
日本人にはうれしい一品です。

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夜は、香港のイタリアン「LA TAVERNA」へ。
内装はスカラ座のポスターなどオペラ関係で占められ
天井からはたくさんの空のワインボトルがぶらさがり、
半地下のこじゃれた隠れ家的なイタリアンでした。
お味もホスピタリティも安心のお店です。

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そして、懲りずに今宵もぶらり屋台へ。

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まずはワンタン麺を食します。
薄い平麺で、あっさりスープが見事な一品。

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次はお粥屋さんです。

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前日と同じ焼きそばが小皿で注文できたので
迷わず注文!

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そして数あるお粥メニューから
まずまずお値段のするお粥を闇雲に注文。

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食べ進むとたっぷりの臓物類が!
どれも美味ながら少々気色悪く、でも完食です。

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翌日は、最終日同じくキャセイの早朝便に乗り込みます。
こちらは機内食。
ビーフカレーに、なぜかピンクの日本そば。

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そして、3.11の帰りのバス内でソレは来ました。
14時に飛行機は成田に到着し
早々にリムジンバスに乗り
10分程度だったか走った辺りの山間の中、
高速道路脇の外灯が大きな揺れる中、
バスは本部指示で路肩にストップ。
高速が閉鎖された為、車は一台も走っていません。

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この先は渋滞とのことで、
リムジンバスは高速道路をバックのまま
数キロ戻り、酒々井PAに到着。
当然、高速道路が閉鎖されている為、お客はまばらです。

PA内のモスバーガーで買ったホットドックがおいしく
こういった時に暖かいものをいただけると
安心感もあります。

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PAの中のTVを見ていると
どんどん深刻な被害状況を知らされます。

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PAの外は寒い寒い様子。
携帯電話の電池が切れ掛かり、
PAの外にあるトイレで充電をします。

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夜中にPAの店長による深夜の気の利いた炊き出し。
こういう時の「やさしさ」はとてもとてもうれしいものです。

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しかし、なぜか深夜12時に
高速道路公団に全員PAを追い出され、
しかたなく渋滞の深夜の一般道路を
バスは走り、一路東京へ向かいます。

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途中、湾岸沿いの15号線は大渋滞。
ところどころ液状化し砂が浮いた街路を目の当たりにし、
明け方の寒さの中、多くのビジネスマンが
路肩を徒歩で帰宅している姿を見かけ
都内での被害の大きさを実感しました。

結果、自宅についたのが朝の6:30、
成田から15時間かかり帰宅したことになります。

美しい朝日を観て出発した日本が
帰国早々にズタズタに切り裂かれていく様に震えました。
美しい国に復興されるよう、やるべきことをやり
なすべきことをなしたいと思います。

今回の地震により被害をお受けになった方々に
お見舞い申し上げたく思います。

2011年3月 1日 (火)

初めに

CompactPro

我が家に初めてアップルが届いたのは、1991年の秋でした。矢野顕子のアルバム「LOVE LIFE」と同期する気持ちのいい季節。その際、お世話になったアーカイブソフトがタイトルのCompactPro。もう開発も終了したとのこと。自分もすっかりウィンドウズ漬けの日々、時代の変遷を感じます。「反省するが懲りない」をテーマに過ごしたこれまで。様々な出来事を徐々にアーカイブし、自己の半生の棚卸をする試みにブログを活用したいと思います。過去にも向かっていく-Back to the Future-なブログをお楽しみください。

最初の記事 1983雪の日 1983年2月 8日 (火)

ブログ開始時期 2006年8月

プロフィール続き-"Back to the Future"とは?!-

そこで詳しい語注のついた英訳『オディッセイ』を買い込み、読み進めてみて、ある老人の特性描写に、次のような言い方をみつけたのであった。

――the only one who sees what is in front and what is behind. ――この人だけが前の方にあるものと、」背後にあるものとを見る(ことが出来る)。

 ところで、この一句につけられた訳注によると、古ギリシアでは、過去と現在が(われわれの)前方にあるものであり、従って(われわれが)見ることの出来ない未来は、(われわれの)背後にあるものである、と考えられていた、というのである。

 これをもう少し敷衍すれば、われわれはすべて背中から未来へ入って行く、ということになるであろう。すなわち、Back to the Futureである。

 これに味をしめて、今度はソフォクレスの『エディプス王』を読んでみると、そこにも合唱隊のセリフとして同様のものを見出した。 ――not seeing what is here nor what is behind. ――ここにあるものも見えなければ、』背後にあるものも見えない。

 つまり、ほんの少数の賢人だけがわれわれの背後にあるもの(未来)を見ることが出来るのだ、ということになるであろう。かくて、未来がわれわれの背後にあってわれわれには見えない、ということになると、この未来はいくらか魔物めいて来ることは、避けがたいと思われる。

 しかし、魔物めいて来はしても、この方が、キリスト教の千年王国説や啓蒙派、あるいは産業革命前後のユートピアを前提とした人間進歩説よりも、たとえ逆説的であったとしても、少なくとも濃度の濃いリアリティーをもっている、と私などには思われるのであった。

 また、過去と現在こそが、われわれの眼前にあるものであって、それは見ようとさえすれば見えるのだ、という考え方も、また、濃いリアリティーをもっている。ここで過去という言い方を、歴史、と言い換えてもいいであろう。

 こういうことを考えながら、では未来を予言する預言者たちは、どういう顔付きをしていたものであったかと思い、ギリシア彫刻を集成した本などを眺めてみると、預言者といわれる人々はみなヒゲをはやした老人で、その表情は緊張し切っていて、自分の透視するものの負荷に堪えない、とでも言うように、どちらかと言えばすべて悲劇的な顔付きに見えるのであった。(以下略)
(堀田善衞「未来からの挨拶」から)

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