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2010年11月25日 (木)

与えるよろこび@バーンスタイン

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『プレミアム8 知る楽インタビュー 佐渡裕 バーンスタインを語る』
弟子による壮絶なる涙目、赤目告白。
とにかく興味深く、感動が連なる激白の10時間インタヴュー。
弱冠29歳の駆出し指揮者の佐渡さんが体験した
当時のレニーとの貴重な一時を
親しみやすい関西弁で語ってくれています。

ドン・ファンを佐渡さんに真剣に振らせる為に
英語のスピーチを強要するレニーの意地悪な前日のしかけ、
一転して当日はレニーの師匠フリッツ・ライナーの
指揮棒5センチの指揮っぷりを例に優しく指南、
これだけでも美しい話なのに、
更に、あふれるばかりのエピソードの数々。

能とマーラーの関係性。
バレエ「ファンシー・フリー」の小話、
レニー自らの曲にして不勉強を理由に
プッチーニのボエームにあわせて「練習したくない」ピアノ即興曲の話。
カラヤンとの確執も実は身内の佐渡さんだからこそ
明かした可愛らしいエピソード。
そして、最後のお別れ、ビッググッバイの話は
心の底から泣かせます・・・・・

次は、クラシカにて紹介されていたバーンスタインの日本での音楽教育のドキュメンタリー
『与えるよろこび-The Last Date in Sapporo 1990』

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佐渡さんも同行した
PMFオーケストラのリハーサルの映像。
亡くなる3ヶ月前に若手演奏家への
教育にかける意気込みや彼らへの愛情あふれる
ドキュメンタリーです。

目が離せない映像の集大成で
シューマンの交響曲第2番のリハーサルは
バーンスタインの指導ぶりが圧巻の一言。

病魔故の苦しそうな指揮ぶりながら
指揮のバリュエーションを次から次へと見せて
その度に音楽の表情が同小節にて
刻々と変化するシーンは白眉です。

レニーはリハの指揮中を演奏を止めたのですが
止めたの理由を失念してしまい、
「歳をとるのは嫌なもんだ」などと言いながら
サラリと開き直って練習を続ける姿も
限られた時間の中でのテンションの高い
意気込みを感じさせます。

そしてをこのリハーサルを通じて
本番の演奏は、こちらのDVDになります。

『バーンスタイン 最後のメッセージ』

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シューマンの交響曲2番の第2楽章のラストは
「のだめ」のネタ元にもなっている、
本来あり得ない、ヴァイオリンパートを起立させての演奏。
こちらもしっかりこのDVDには記録に残っています。

佐渡さんが
『プレミアム8 知る楽インタビュー 佐渡裕 バーンスタインを語る』
でも話をしていたように、このことは相当印象的だったようで
佐渡さん曰く、バーンスタインは
「シューマンの時代は立って演奏することもあった」
なんて言って、やらせちゃったそうです。

ただ、リハの段階から立つタイミングなんかを
「インテンポで立って」と微笑ましく指導しており
「Show up !」=「人生なにか楽しいことがなきゃ」と奏者を煽り、
このあたりはバーンスタイン節炸裂の感ありで
観ていて、とても楽しい気分にさせられます。

「アイザック・スターンも楽譜見ずに
暗譜して立って演奏していたのだから。
皆も暗譜してるだろ、Play by heart だよ」なんて
本当にプレーヤーを乗せるのが」上手です。

そして、立って演奏し終わった瞬間の
奏者達の笑顔がこれまた皆素晴らしい!
音楽の楽しさを満喫している様が見てとれます。
で、レニーは本当によい魂を後生に残したんだなぁと。

今、この時の奏者達は20年を経て、
きっと皆世界に羽ばたいているのだろうけど
このゲネプロの一瞬は忘れ得ぬ思い出となったことでしょう。

(参考情報)
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11月25日(木) 午後8:00~9:30
プレミアム8 知る楽インタビュー 佐渡裕 バーンスタインを語る
http://cgi4.nhk.or.jp/topepg/xmldef/epg3.cgi?setup=/bs/premium8-thu/main

20世紀を代表する指揮者・作曲家レナード・バーンスタインが82歳で死去してから今年で20年。
華やかで躍動感あふれる その響きは今も世界の音楽ファンを魅了し続けている。
バーンスタイン最晩年の2年間アシスタントを勤めた愛弟子である佐渡裕さん(49歳)が
知られざるエピソードを交えながら、マエストロの素顔を語る。
佐渡さんがバーンスタインと出会ったのは1987年のアメリカのタングウッド音楽祭。
この若手指揮者の登竜門ともいうべき音楽祭でバーンスタインより才能を見いだされた
佐渡さんは弟子入りを決意、以来師の演奏旅行などに同行し、つぶさに師の音楽、
人柄、そして教育者としての情熱に触れることになる。

音を彫りつくすかのような独自の音楽解釈、日本の「能」の動きから説く指揮法の真髄、
そして曲のテンポを巡ってベルリンフィルのメンバーと闘わした議論……
いま世界に認められる指揮者となった佐渡さんは、あらためて師より多くのものを学んだと思い返す。

指揮者・佐渡裕が丸一日、NHKのスタジオにこもり、マエストロと過ごした貴重な体験の日々を語り尽くした。

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レナード・バーンスタイン/与えるよろこび  [DVD]
1990年夏、札幌にて。バーンスタインがパシフィック・ミュージック・フェスティバル・オーケストラと最後のコンサートに臨む壮絶なドキュメント。
 バーンスタインは札幌でのコンサートの約3ヵ月後の10月14日、ニューヨークの自宅で永眠しました。バーンスタインが創設したパシフィック・ミュージック・フェスティバル、その記念すべき第1回開幕時のスピーチでは「自らの残り少ない時間を『教育』に捧げたい」と吐露しています。
 このドキュメンタリー映像ではリハーサルに臨む若い音楽家たちを前に体調が悪いのか、時折咳き込み、苦悶の表情を浮かべながら全身全霊、まさに最後の命を振り絞る様に音楽に向かい合う真摯な姿勢に胸を打たれます。そしてこの若いオーケストラとシューマンの交響曲第2番を創り上げて行く様は、見事という他ありません。
 2002年弊社より発売された1990年の札幌パシフィック・ミュージック・フェスティバルのドキュメンタリー『最後のメッセージ』とは編集が異なります。(ドリームライフ)

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バーンスタイン 最後のメッセージ [DVD]
かつてNHKでも放送、LD化されていた映像がついにDVDとしてリリースされました。今回はゲネプロの一部(第2楽章)が追加映像として含まれており (PMF開会式でのスピーチもほぼすべて収録),まさに永久保存版となっています。1990年7月3日札幌厚生年金会館におけるPMF演奏会からシューマン≪交響曲第2番≫とそのリハーサル。アメリカが生んだ作曲家にして名指揮者,そして偉大な教育者でもあったのがレナード・バーンスタイン (1918.8.25-1990.10.24)でした。最晩年の彼が情熱を傾けたのがパシフィック・ミュージック・フェスティヴァル(PMF)の提唱・創設です。厳しいオーディションによって選抜された若い音楽家たちが夏の札幌に集まり,すぐれた音楽家たちの薫陶を受けるという教育音楽祭としてのバーンスタインの意志は引き継がれ,今もなお音楽祭は毎年続けられています。その記念すべき第1回PMFが行なわれた1990年,バーンスタインはみずから来日し,PMFにまさに「芸術の秘法」を授け,最悪の体調の中で渾身の力を振り絞って演奏会にのぞみました。彼はその後決定的に体調を崩し残りの演奏会をキャンセル,帰米後8月19日の演奏会を最後にまもなく永眠します。シューマンの2番は彼の最も愛着のある作品のひとつ。特にリハーサルは音楽への愛情にあふれ,いいようのない深みがあり,必見です。

以上

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