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1993年1月25日 (月)

芝居② 「語らず、跳べ!」

会社員生活も3年が過ぎ少々退屈し始めた頃、
ひょんなことから芝居をやっている知人と知り合いました。

最初はその知人とMacintoshの話をしていたのですが、
(当時はレアなPCだったので、
 Macintoshを所有しているだけで
 仲良くなるには充分な条件でした。)
盛り上がるうちに、彼が作・演出する芝居に
ジョインすることになっていました。

彼は、一見おっとりした感じで、
つきあいだした当初は全くわからなかったのですが、
自分の世界をしっかり持っており、
学生時代からの演出家の経験と多才故に
本番になるとずい分と立派できちんとリーダー的なことが
できる人物で後ほど大いに驚かされました。

その彼とのコラボレーションは本当に楽しく
また、よい経験になりました。

彼の発した印象に残っているコトバが二つあります。

台本をなかなか上げず、道具の仕掛けや製作にも
無理難題を言い進行を遅らせている張本人の
コトバとは思えないのですが、公演日の3日前に
「トラブル続きで、このまま芝居は完成するのか」と
不安がる皆を前に
「大丈夫です。3日すればすべて終わっていますよ。」と。

トラブル続きの中
自分のやりたいコト、表現したいコトへの高い欲求を
持っているにもかかわらず、表現者として
満足できるレベルに達していないと感じているのが、
痛いほど伝わってきていました。

その中での発言だったので、
他のメンバーにはふてぶてしく写ったようですが、
私は"目的追求への欲求"と"ある種の諦念"を
合わせ持つ感性にいたく感服しました。


もう一つ、「芝居が始まってしまえば、
(演出家の手を離れて)もうすべて役者のモノですから。」と。

いくらいろいろ準備しても、
上演はその時その時一回こっきりのチャンスでしかなく、
更には失敗しようが成功しようが
お客は「見た通り」にしか受け取らない。
逆を言えば、「観客には見えたモノがすべてだ。」
というコトとともに
演出家として役者に一度投げたら、
それはもう相手にまかせたことで
始まってしまえば手出しができないコトとも受け取れます。
これも"目的追求への欲求"と"ある種の諦念"にも通じます。

(実際は、初日にある役者が台詞を落として
 アドリブを重ねた結果、芝居があらぬ方向へ行き、
 芝居もやや失敗気味に終わってしまいました。
 その時は、さすがに調整室も大慌てで
 音楽の順番は狂うわ、
 私のコンピュータに話させる台詞は噛合わないわ、
 で混乱の極みが生じてしまいました。
 
 これを見た彼もさすがに多少は悔しかったらしく、
 コンピュータを駆使して、進行管理した芝居だったので、
 「あとコンピュータ制御する必要があるのは役者だけだね。」
 なんて軽口も叩きあっていました。)


そんな、こんなもありましたが。
芝居を通じて各自の思惑が一体化していく様は「譲歩」と
「ぶつかり合い」から何か出てくる様そのものでした。
そこで、衝突だけでなく、
委ねることによって新しいことが起きるのは大発見でした。

「まかせる」ということが創造力の源泉になることや
その大切さを知った次第です。
そして、これらが結合して得られる
「皆で作る快感」に繋がってきます。
相手に目的を投げ、それが返ってくる際に生じる
ギャップを受け入れることによって、
自分では思いもよらない創造が生まれるコトです。

運動(交通/コミュニケーション)は快感をくれます。
それはなんらかのリアクションが帰ってくるからなのでしょう。
「ぶつかること」も手法ですが、
「敢えて根拠なしに身を委ねる(相手に任せる)」
のも手法だと思いいました。
ただし、これは勇気がいることでもありますが。

この時、感じた「上意下達で自分の世界を押しつける」のではなく、
「まかせながら時には相手方の提示を受け入れること」、
また「物理的問題で修正せざるを得ないことで生じる変化をも
楽んで取り込みつつ、自分の世界を作り上げていく」
様は新鮮かつ圧巻でした。

この芝居での経験は、やってみるまで
どんな体験ができるか見当もつかない世界でした。
ただ、この芝居体験が後の電子出版にもつながり、
自分のコンピュータスキルの向上にもつながり
そして、転職や自己のネットワークの拡がり、
と人生に大きく影響を及ぼしたのは事実です。

行動を連ねることも大事ですが、
「跳ぶこと」による効果は人生において必要なことなのでしょう。
演繹的な生き方もいいですが、たまに帰納的になることによって
地盤替えができたことはとてもいい機会で、
自分の巾を拡げた気にもなる経験でもありました。

「運動なくして始まらないが、跳んでみないとわからない、
 ましてや、やって無駄なことなどない。
 かくして別の視点が生まれる。」
「語らず、跳べ!」ということかもしれません。

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