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1988年2月27日 (土)

Mendelssohn:Sogno di una notte di mezza estate @Teatro dell'Opera di Roma

演目
メンデルスゾーン:真夏の夜の夢
指揮)アルベルト・ベンチュラ。
振付)ピエール・ラコット
ローマ歌劇場

Felix Mendelssohn:Sogno di una notte di mezza estate
Direttore Alberto Ventura.
Coreografia: Pierre Lacotte
Titania: Ghislaine Thésmar
Puck: Luigi Martelletta
Oberon: John Linhus
Bottom: Salvatore Capozzi
Erminia: Lucia Colgnato
Elena: Patrizia Lollobrigida
@Teatro dell'Opera di Roma

ローマの歌劇場は外見と異なり、中は豪華絢爛!

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1988年2月26日 (金)

ボーボリ公園でのんびり@Giardini di Boboli Firenze

フィレンツェには4日間滞在したと日記にはある。ミラノから車中でハムカツの駅弁を食べつつ列車で移動し、早朝の靄のかかったイタリアの田園風景が美しかったようだ。思えば最近鉄道での旅をしていないが、車窓からの眺めや鉄道での食事や読書は車での旅とは別の楽しみがある。
写真はウフィツィやらメディチ家の毒気にあてられ、最終日にボーボリ公園 (Giardini Boboli)での、のんびりシーン。観たばかりのミラノのオペラ「ジャンニ・スキッキ」で映画「眺めのいい部屋」を思いをはせていた記憶がある。これまた、道中のぼんやりタイムは貴重と知った瞬間。ちなみにこの公園もメディチ家の所有w。880226001


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1988年2月23日 (火)

Mascagni:Cavalleria Rusticana/Puccini:Gianni Schicchi @Teatro alla Scala

演目
マスカーニ カヴァレリア・ルスティカーナ
プッチーニ ジャンニ・スキッキ
指揮 ジュゼッペ・パターネ
ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団
@スカラ座

Mascagni:Cavalleria Rusticana
Santuzza - Fiorenza Cossotto
Turiddu - Giuseppe Giacomini
Alfio - Giorgio Zancanaro
Lola - Nicoletta Curiel
Lucia - Francesca Castelli
Puccini:Gianni Schicchi
Franco Federici (Simone),
Arturo Testa (Marco)
Nella Verri (Ciesca),
Claudio Giombi (Spinelloccio)
Federico Davià (Amantio)
Bruno Grella (Pinellino)
Ernesto Panariello (Guiccio)
Con) Giuseppe Patane
l'Orchestra della Scala di Milano
@Teatro alla Scala


初めての本場のオペラに出会った衝撃的なミラノの夜。3時間全く飽きないどころか、時の経過を全く感じなかった。自分がどこにいるのかわからなくなり、巨大なハレの空間に飲み込まれてしまった。驚くべき歌手の声量、そして前日のウィーンフィルに負けないスカラ座オケのきらびやかな音色と名演!!翌日はちょうどフィレンツェに行く予定であり、ジャンニ・スキッキのアリア「フィレンツェは花咲く木のように」Firenze è come un albero fioritoは旅のわくわく感を更に高めてくれた。
と日記にはある。
ちなみにチケットは13,500円相当でこちらも奮発したw。スカラ座横のオベラ博物館は、トスカニーニの指揮棒、ヴェルディの直筆の楽譜等々とオペラの雅な歴史が堪能できる。日中のスカラ座はオペラのホール見学も可能。880223002


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1988年2月22日 (月)

Vienna Philharmonic Orchestra@Teatro alla Scala, Milano

演目
ベートーベン エグモント序曲
ピアノ協奏曲5番
交響曲5番
指揮)クラウディオ・アバド
ピアノ)マウリツィオ・ポリーニ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
@スカラ座


Beethoven Egmont Overture
Piano Concerto No. 5
Symphony No. 5
Con)Claudio Abbado
Piano)Maurizio Pollini
Vienna Philharmonic Orchestra
@Teatro alla Scala

ウィーンフィルを聴いたのがこれが初めて。その渋い音とアバドの火を噴く指揮ぶり、そして、なによりもポリーニによる「皇帝」のエレガントで音楽の深みに引きずり込むような音!巷で言われたり、録音から時折感じられる知的な冷たい音ではなく、とてもふくよかな音であった。そして、この二人による謂わば凱旋コンサートにおける観客の熱狂ぶり。カーテンコール数回、オケが引いても拍手は鳴り止まず、ミラノの聴衆の熱い声援にも圧倒された。

このチケットの入手には難儀した。演目も知らずスカラ座に行くと、いきなりウィーンフィルのポスターが貼ってあり、スカラ座前には人だかりが凄い。そばのイタリア人に尋ねると名前を書いてコンサートのキャンセル待ちをしているとのこと。近くにいた現地在住の日本人に頼み込んで名前を集めている人に話してもらうと、人数が多すぎて締め切ったという。その方にダフ屋を紹介してもらうことができ、このコンビを地元で聴けるチャンスなど二度と起こりえないので、それこそ清水の舞台から飛び降りる覚悟で2万円でダン。今から考えても学生の分際でよく決めたと思う。
 その後の行動はチケットを入手した喜びでよく覚えていないwが、その日本人に言われた「それでは、良い音楽を」だけは今だに頭に残っている。その方にはPALCO(パルコ)という席なので開演の一時間前から並んで真ん中のドアの前で待つ。三階まで駆け上がったら首から金色のチェーンをさげたパンフ売りの人にチケットを見せて最前列をとるといい、と親切に入場のしかたまで教えてもらう。
はてさて、実際開演前にスカラ座に行き、様子をうかがっていると、まさしくその通り、扉が開くやいなや紳士たちが一斉に入場し階段を駆け上がるw。眼鏡+髭のおっさんのほうが自分より早く最前列の舞台側の席を確保しており、彼にその向かいを勧められた。そして、おっさん曰く「しばらく絶対そこを動くな、動いたら他の人に取られるぞ」と教えてもらったりする。壮絶な席取りを紳士達がこぞってやっている姿がおかしかった。

更に翌日、オペラ公演のチケットを買いにラ・スカラへ。街中に貼られているスカラ座のポスター、この大判で紋章入りのデザインが気に入って、門前に佇む守衛さんに昨日のポスターが欲しいと言うとなんと「来い」と言ってスカラ座の裏口から中に入れてくれ、舞台装置の整備の部屋等を通り、宣伝部門まで連れて行ってくれる。なんとも親切で、古びた建物の廊下を歩く途中チラチラ各部屋を興味深く覗くことができ、感動してしまった。そして、その守衛さんが宣伝部門の方に尋ねてくれたのだが、ひとしきり彼らはポスターを探してくれた後、残念ながらポスターはすでにすべて張り出してしまってもうない、とのことだった。
一方、当日のオペラの残席チケットが1万円以上で非常に悩み、思案しながら横のオペラ博物館に行き、博物館のギフトショップでダメ元で店員に「昨日のポスターはあるか」と聞くと、ちょっと待ってと言い、なんとどこからか持ってきてくれた!飛び上がるほどうれしく、下の写真がその時のポスター。今では家宝になっているw。

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1988年2月21日 (日)

乗り間違いでスイス兵さん達@フライブルク・イム・ブライスガウ

バーゼルの美術館を見終わり、夕方にはバーゼルを発ちイタリアに到着する予定だった。が、急行列車の車窓からの眺める景色がどこかおかしい。走りすぎる駅の文字がどうもドイツ語のようだ…。そして到着した駅がフライブルク(Freiburg)という駅、真逆方向に来てしまったのであった。しかたなく追加料金を払い、ルツェルン程度まで行こう、と戻る列車内で乗り合わせたのが写真のスイスの兵士達。この中の一人がとても陽気な奴で仲良くしてくれ車中でいろいろ話を聞かせてもらった。父はイタリア人で母はスイス人だが父の手癖が悪く両親が離婚した、自分は母に引き取られバーゼルに住んでいて週末は実家に帰るのだと。父方の血のせいで、どうりで明るく話達者な訳だ。その話術のために仲間のスイス人兵士達の中でも人気者の様子である。彼はいつもは電気関係の工場で働いているが、今は徴兵期間でイタリア国境付近で警備していると話しながら、これから各国を旅する自分のために、各国人の様相を身振り手振りでおもしろおかしく話を聞かせてくれた。中でもドイツ人のお堅い生真面目さは嘲笑の対象で、他の兵士達もゲラゲラ笑いながら、ヒットラーの酒の飲み方なんかを物まねしながら、ドイツ人こんな奴らなんだと話てくれたw。旅行のしょっぱなで、なんというか国境を接したヨーロッパならでは風土を垣間見ることができ、未だに貴重な体験として覚えている。

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